子どもが高学年になっていた。
気づいたのは、夕飯のときだった。
子どもが友達の話をしていた。聞きながら、あれ、と思った。こいつ、いつからこんな話し方をするようになったんだ。この前まで小学2年生で、まだ何もできないと思っていたのに。
俺は今年も「また終わった」と安堵していた。その間に、こいつは育っていた。
俺の去年と今年は、たいして変わらない。でもこいつは全然違う。
50代の1年は早い。仕事の案件が終わり、来季の企画書を出し、気づいたら12月になっている。また1年乗り越えた。頑張った。そういう安堵感の中に毎年浸っている。
でも俺の去年と今年は、たいして変わらない。似たような仕事をして、似たような日常を過ごす。
子どもは違う。
高学年は今年しかない。来年は中学生だ。今の体の大きさも、今の話し方も、今の友達関係も、来年には変わっている。しかも取り戻せない。
俺は来年も似たような1年を過ごすだろう。でもこいつの今年は、もう来ない。
朝5時に老後の計算をしていた。子どもとの時間を後回しにしていた。
家族がまだ寝ている朝5時に、スプレッドシートを開く。老後のシミュレーション。65歳のとき資産がいくらになっているか。何度もやった。
老後を考える時間は、たっぷり持っていた。
子どもと話す時間は、後回しにしていた。
夕飯のとき子どもが話しかけてきても、頭の中は翌日の仕事のことだったりする。ちゃんと聞いているようで、聞いていない夜が何度あったかわからない。
なんという話だと思った。
お金だけが資産じゃない。
思い出も資産だ。
老後に持っていける思い出資産が、今の自分には少なすぎる。
金融資産は通帳に残るが、思い出資産は記憶に残る。どちらも老後に持っていける。でも今の自分は、金融資産しか積んでいなかった。
思い出資産は後回しにすると、積めなくなる。子どもの高学年は、来年には終わっている。
老後の計算を、1年に一度にした
積立はやめない。それは変えない。
老後の計算も、やめない。ただ毎朝やるのをやめた。1年に一度にした。
空いた時間を家族に使うことにした。
とはいえ、うまくいかない日もある。朝5時に目が覚めてスマホを開くと、気づいたら相場を見ていたりする。完全には変われていない。
でも夕飯のとき、子どもの話を最後まで聞くようになった。
思い出資産は体験を重ねるほど増える。歳を重ねるごとに鮮やかになっていく。家族で回想したとき、何倍にも幸せを感じられる。そう信じている。
老後の計算より、よほど大事な時間だった気がしている。


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